小野寺一路のたどった中山道 岩村田宿と追分宿
浅田次郎の小説『一路』に登場する岩村田宿と追分宿を写真で紹介。
野寺一路とは、浅田次郎の小説『一路』の中心人物。
西美濃田名部郡を収める旗本である蒔坂左京大夫の家臣なのだが、代々参勤交代を管理する道中御供頭であった父親が急死し何も引き継ぎが行われていない状況で道中御供頭に携わり江戸に向かう物語。
とても面白い小説なので、詳しい内容は読んでいただくのが一番です。
この小説を知った時、中山道を旅するのだから今住んでいる長野県の宿場町に関する記述があるだろうと興味を持ったわけで、読み終わって実際に描かれていた岩村田宿と追分宿を写真と共に若干紹介しようというのが主旨です。
岩村田宿
信州佐久郡岩村田宿は、内藤志摩守一万五千石の御陣下である。
ということだが、御陣下=御城下だと本陣は無いらしく、そこで宿は武田信玄が立ち寄り戦勝祈願をしていたという龍雲寺が一行の宿になった。
岩村田宿はよく通る場所なのだけどこの寺のことは知らなかった。岩村田宿の通りからはちょっと入った場所にあるので訪れてみた。
以上は正面の道路から、山門、そして本堂。そこかしこに武田の割菱紋が使われている。
佐久市の公式ホームページによると、信玄霊廟があり遺骨とその副葬品が収められているとのこと。本堂の右手奥がその場所。
昭和6年に偶然発掘されたとされる遺骨についてはかなり論争があったそうだ。興味があれば『信玄遺骨物語』(林貞夫 著 新人物往来社, 1970)を国会図書館のデジタルコレクションでも読めるのでどうぞ。
追分宿
岩村田宿から追分宿に至る間には小田井宿があるが通過しただけなので、追分宿。
左京大夫様側御一行は明七ツに岩村田を早立ちし、ほどなくここ追分宿の分去れにやってくる。きょうは一気に碓氷峠を越えて、松井田宿に至る十里の行程であった。しかし道中がこの混みようでは、とうてい無理であろう。
大混雑している追分宿で一路は江戸に向かう加賀藩の乙姫様と出会う場所ですね。乙姫との出会いと別れはコメディだけど、身分が違いすぎるから仕方ない。
その現在の分去れ。右側の道が北国街道で、左が中山道。つまり背後が江戸方面となる。
追分交差点から江戸方面。写ってないが左に枡形がある。
高札前から江戸方面。
以上住んでいる近所を紹介してみました。
これ以外にも下諏訪、奈良井宿、和田峠などなど訪ねた場所を思い浮かべながら小説を読むというのは面白さが増しました。
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