解決不可能な問い: 茉莉絵はどうすれば幸福に至れるか?
の記事にはカリギュラ2のネタバレがあります。
何かのシリーズ作が公開されたり配信されたとして、シリーズ未経験の人でも全然気にせず最新作から入れば良いじゃんと考えるタイプです私は。今年の12月に公開されるアヴェンジャーズ ドゥームズデイだって、MCUを知らなくてもここから見たら良いですよ。内容まだ分からないけど。
でもカリギュラ2の茉莉絵という女は、前作と今作を交差させ、カリギュラというシリーズが描くものが結実し収束する点でもあり、茉莉絵を殺すかどうかという選択の意味を知り、体験するためにはどうしても、前作及び小説版を通っておく必要があると認めなければなりません。
オーバードーズと小説版を経て前情報なしに2をプレイしたので、登場した時本当にビックリしました。
一切皆苦を体現するようなキャラクターである茉莉絵の現実には、帰っても今後幸せになれる見込みはほとんどありません。それは茉莉絵が育った環境のせいでもあり、茉莉絵自身の選択による自業自得でもあり、それが誰のせいなのかすら、はっきりと分けられるものでもありません。
そんな彼女の生死の選択をプレイヤーが選ばなければならない。
もちろん現代日本の社会倫理的にも、またメタ的な視点からのゲーム進行的にも、生かすことが正しいとされるでしょうが、それは即ち彼女にもっと苦しめと求めるのと同義です。
一方で殺す選択肢には多くの都合の良い言い訳が用意されています。彼女には現実に戻っても苦しみしかない。本人も殺されることを望んでいる。もしかしたら茉莉絵の中のウィキッドもまた。
それにこれはゲームです。やっちゃいけないことだってできる。やっちゃダメなことほどやってみたくなる。それができるのがゲームの良いところなんだしさ。正直どんなバッドエンドになるか、何が起こるか見てみたいという自分の黒い欲望も否定できません。
本当に意地悪な選択肢です。そしてだからこそ、このゲームは本当に優しいなと思います。
『茉莉絵はどうすれば幸福に至れるか?』
これは解決不可能な問いだからです。
茉莉絵を殺して楽にしてあげる方が良いというのはこれ以上悩みたくない自分のエゴではないのか?だからと言って生かしたとしても、現実に戻った茉莉絵に長く苦しいだけの生が待っているのはほぼ確実。後にこの選択を深く後悔しない保証もありません。解決不可能な問いについて考え続けることはとても難しい。なぜなら解決不可能な問いには解決法がないのですから。
多くのゲームにおいて、そんなややこしい問題は無いことにするか、あっても通り一遍のお題目で解決したことにされるか、「難しい問題ですねー」みたいな他人事めいた態度でお茶を濁すか、まっすぐ向き合ってくれることはほとんどありません。
カリギュラは初代で放り投げるように終わってしまった茉莉絵の物語を小説版で拾い、更には2でこれ以上ないぐらいしっかり向き合ってくれました。茉莉絵を殺す選択をした駒村二胡が、ずっと後まで引きずっているのを見て確信しました。これは優しさです。
だって本当は在るはずの苦しみが、まるで無いかのように扱われるのはあんまり悲しいじゃないですか。無視しないって、それだけで優しさですよ。例えそれが消せない苦しみだったとしても。
終わり。
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