SNSの方程式
ープンなSNSの方が息苦しい。一見逆説に見えることが起きている。この文章では、SNSで人が何を目的に投稿し、何を避けているかを二つの方程式にまとめ、そこから Bluesky の息苦しさと、2026年9月12日に始まった匿名SNS「saypip」で起きることを予測する。
もとは Bluesky に連投したスレッドだ。ここでは順序を組み直し、節に分けてある。
1. 方程式1:目的と、避けること
SNSで投稿する人の最大の目的は、自分のアイデンティティの維持とステイタスの向上だ。
その目的のもとで、避けられることが四つある。
- 自分が恥をかくこと、相手に恥をかかせること。公開空間では、相手に恥をかかせると翻って自分が恥をかくことになる。
- 他人から指図されること。自分の自律が阻害される。
- 過度になれなれしくすること。他者の自律が阻害される。
- 場のルールを乱すこと。ルールが何か明文化されていなくても避けられる。
四つのうちはじめの三つは、自分についての忌避と相手についての忌避に分けられる。自分が恥をかくことと指図されることは自分について、相手に恥をかかせることとなれなれしくすることは相手についてだ。場のルールはどちらにもかかる。
この条件のもとで、公開空間のユーザー数が増えると、投稿できる範囲はいちばん厳しい読み手の許す範囲まで狭まる。
そう言えるのは、前提が二つあるからだ。一つは、忌避の閾値が読み手ごとに違うこと。もう一つは、公開空間では読み手を選べないことだ。この二つがあると、書き手は全員の閾値を同時に満たすほかない。投稿してよい範囲は閾値の共通部分になり、人数が増えるほど狭くなる。
2. オープンなSNSの方が息苦しい
オープンと聞くと、のびのび書ける場を思う。だが公開範囲が広いということは、読み手を特定できないということだ。誰が読むか分からない場では、想定読者をいちばん厳しい読み手に置くほかない。
Bluesky には、これを強める性質が三つある。
- 鍵アカウントがない。書いた時点で全部公開になる。
- いいねもフォローもブロックも、外から取得できる。
- 足跡がないので、誰に読まれたかは書き手に分からない。
読む側からは全部見えて、書く側からは誰も見えない。可視性が一方向だ。さらに AT Protocol では、投稿は誰でも取得でき、検索も集計も外からできる。削除しても、取得された控えは消えない。
方程式1で言えば、読み手を特定できないので、避けることの閾値は読み手全員の分を満たす必要がある。これが、いちばん厳しい方の条件に収束するということだ。
オープンが指しているのは、誰でも入れて、誰とでもつながれることだ。開いているのは入口であって、書き手の側ではない。
3. 返し理論
次の方程式には、返し理論を使う。詳しくは別の記事に書いた。
書くことと話すことの最小単位は「返し」だ。前にあるものを読み、それに対して何か言う。文章も会話も、これを繰り返して伸びる。読み手には前から後ろへ進む形に見えるが、書き手がしているのは、ひとつ前へ返しつづけることだ。
返す先は二種類ある。
- 前にある物:流れてきた投稿、直前の発話
- 欠け:まだ言われていないが、言われるべきこと
欠けは、同じものに繰り返し触れて、場に型ができたときに見える。「ここが空いている」と分かった瞬間に、それを埋める発話が出る。
返す位置は、ふつう直前だ。遠くへ返すこともできるが、そのときはどれに返すのかを指す必要がある。「この条件は」「その判断は」と書くのはそのためだ。指す手段がなければ、遠くへは返せない。
返し方は三つしかない。進める(それで、どうなる)、肉付けする(ほかにもある)、向きを変える(本当か。別の場合は)。返す相手は自分でも他人でもいい。他人に返すと返す義務が生じ、返さないこと自体が意味を持つ。
4. 方程式2:話題はなぜ繰り返すか
話題Aが何度も繰り返され、収束しないのはなぜか。
返し理論で説明がつく。Aについて誰も言っていないと見えた人が、Aを投稿する。目の前の欠けに返しているだけで、各自はそれを素直にやっている。
返す先は、ふつう直前にある。過去へ返すには、どれに返すのかを指す目印が要る。タイムラインは流れるので、前回のAはもう目の前にない。新しく来た人には同じ欠けが見え、Aがまた始まる。
目印を置けばいい、という考えもできる。だが公式がそれを実装していないとする。ユーザー間の合意で決めようとしても、たとえばハッシュタグを提案した時点で「他人から指図されること」に抵触する。だから実現しない。
5. 4象限:何を目的に、何に返すか
方程式1と方程式2から一つずつ物差しを取ると、利用のしかたを4象限に整理できる。
- 縦:方程式1の目的のうち、どちらに重みがあるか。上がステイタスの向上、下がアイデンティティの維持
- 横:方程式2の返す先がどちらか。左が流れてきた投稿、右が欠け
- 論評型:流れている話題に乗り、自分の見方を足す
- 発信型:まだ誰も言っていないことを先に言う
- 相づち型:いいねや短い返信で応え、自分からは話題を出さない
- 日記型:宛先を持たず、自分に向けて書く
避けることは、横の2列で分かれる。流れてきた投稿に返す左の列には相手がいるので、相手についての忌避がかかる。欠けに返す右の列には宛先がないので、自分についての忌避がかかる。欠けだと思って書いたら既出で、「それはもう出ている」と言われるのが、指図されることだ。
ユーザー数が増えて厳しい方に収束するとき、いちばん投稿しにくくなるのは右上の発信型だろう。ステイタスを取りに行く投稿ほど、恥をかいたときの損失が大きいからだ。
この4象限は、人を一つの型に分けるものではない。一人の人物が複数の側面を選びうる。ある話題では発信型で、別の話題では相づち型、ということが普通に起きる。
6. 劇薬・取り扱い注意
この方程式は、他人を攻撃する側にも使える。
いちばん最初に思い浮かぶのは、最大の目的を妨げるユーザーを、ミュートやブロックすることだ。目の前の阻害要因を、自助として視界から消すアプローチだ。
(注記:誤爆的ブロック)Bluesky ではブロックが公開されていて、モデレーションリストにすれば他人と共有できる。リストを購読した人は、一度も関わっていない相手までまとめてブロックする。自助のつもりのブロックが、配られた時点で、他人の視界からもその人を消す。
一方で、悪評を流して、相手のアイデンティティやステイタスを下げようとする働きかけのアプローチもある。「その社会」から、その人を消そうとするアプローチだ。
悪評を流すアプローチは、避けることの一つ「相手に恥をかかせる」を、わざと裏返して使っている。ふだん避けるのは、翻って自分が恥をかくからだ。その損失を承知で行うから、劇薬になる。
X のような PVP 型のソーシャル・メディアがもつ一側面は、この劇薬で説明がつく。ユーザー同士が互いのステイタスを下げ合うことが、場の遊び方になっている。観客が勝ち負けを見ているので、相手に恥をかかせた側は恥をかかず、ステイタスが上がる。劇薬の副作用(自分が恥をかく)が消える。
返し理論からも言える。悪評は「まだ誰も反論していない」という欠けを作る。欠けに返す人が次々に来るので、対戦の相手が途切れない。
7. saypip で起きること
saypip は、2026年9月12日に始まった匿名SNSだ。仕様は使い方のページに細かく書いてある。
予測に使う仕様は次のとおりだ。
- 投稿に書き手の名前は出ない。
- 書き手のページで、その人の直近7日分の投稿は読める。7日たつと友達以外には読めなくなり、検索もさかのぼれない。人は検索できない。
- 他人の投稿は引用できない。返信は二人だけの会話になり、3人目は書き込めない。関係を終わらせると、その会話は公開分も含めて取り出せなくなる。
- フォロワー数のような、人についての数字はどこにもない。
- 「今書かれている話題」は、投稿の数ではなく書いた人の数で数える。
- 投稿の行に、そこから始まった会話の数と最後の一言が出る。
- 「返信がほしい」を付けて投稿でき、一人が話しかけた時点で一覧から外れる。
- 一度会話した相手に、自分にしか見えないあだ名を付けられる。付けると、タイムラインの名無しの行にその名前が出る。
方程式1から
目的のうち「ステイタスの向上」は、数字も名前も出ないので手段がない。恥をかいても、残るのは7日分の投稿一覧までで、名前には残らない。だから投稿できる範囲が厳しい方へ狭まる度合いは、Bluesky より小さいはずだ。
ただ「アイデンティティの維持」のほうは残る。7日の中なら、投稿一覧で同じ人の投稿として読まれる。7日を越えて自分だと分かってもらうには、書き癖や決まったハッシュタグを自分から付けるほかない。そうする人が出るだろう。
方程式2から
7日で過去が読めなくなるので、前回の話題Aは必ず目の前から消える。7日より前の話題へは、誰も返せない。新しく来た人には同じ欠けが見えつづけ、話題の反復は Bluesky より起きやすい。
目印は公式が一部を実装している。投稿の行に会話の数と最後の一言が出るので、同じ投稿に同じことを返す人は減るだろう。ハッシュタグも公式の機能なので、ユーザーが提案して指図になる問題は起きない。ただ、どちらも7日で切れる。
「返信がほしい」は、欠けを書いた本人が宣言する仕組みだ。話しかけてほしいと書いてあるので、話しかけてもなれなれしさにならない。一人が話しかけた時点で一覧から外れるので、欠けは一人の返しで埋まり、二人目は来ない。
あだ名は、人に付ける目印だ。投稿一覧でたどれるのは7日前までだが、あだ名はその外まで届く。あだ名の相手が書いた新しい投稿なら、前に話した人だと分かる。7日より前へ返す手段が、読み手ひとりの手元にだけ残る。公開されない目印なので、誰かへの指図にもならない。
4象限から
saypip は、相づち型と日記型の安息の地になり、論評型と発信型がその居心地を阻害する要因になると予測できる。
安息の地になる根拠は三つある。ステイタスの向上に報酬がない。投稿は7日で読めなくなるので、自分に向けて書く日記型と相性がいい。「返信がほしい」があるので、相づち型がなれなれしさを気にせず話しかけられる。
ただ、阻害のほうは仕様が抑える。論評型には道具がない。他人の投稿に何か言うには二人だけの会話を始めるしかなく、論評がそのまま本人への話しかけになる。発信型は話題の欄を占められない。一人が同じ語を何度書いても並ばないからだ。劇薬の悪評も成り立ちにくい。人を検索できず、名前も出ず、投稿は7日で消えるので、悪評を向ける相手を公開の場で名指す手段がない。残る阻害はタイムラインを量で埋めることくらいで、連投防止仕様(実装されている)や期間付きのミュートで避けられる。
だから予測を修正する。始まったばかりのうちは、Bluesky や X から来た人が論評や発信の側面を持ち込み、居心地を阻害するだろう。だが報酬がないので、その側面は定着しない。阻害は初めの時期に限られる。4象限では一人が複数の側面を選べるので、論評型の人が去るとは限らない。同じ人が、saypip では相づちと日記の側面だけを使うようになる、とも読める。
8. 拡散の仕組みと、閉じた場
発信型・論評型と、日記型・相づち型の対立は、ソーシャル・メディアがもつ二つの特徴のコンフリクトとして読める。拡散の仕組みとしての特徴と、閉じた場としての特徴だ。
4象限の縦の目的から、この対応が出る。ステイタスの向上は、知らない人に見られて初めて上がる。だから上の段は、読み手を広げる拡散の仕組みを必要とする。アイデンティティの維持は、知っている相手の中で保てる。だから下の段は、読み手が限られた場を必要とする。
下の段をまとめる言葉は「交流」より「閉じている」のほうが正確だ。相づち型は交流するが、日記型は宛先を持たないので交流しない。二つに共通するのは、読み手の範囲が閉じていることだ。
こう読むと、2節の息苦しさと7節の saypip が同じ形で説明できる。オープンなSNSが息苦しいのは、拡散の仕組みの上では、下の段の側面が読み手を限定できないからだ。saypip は、この対立のうち閉じた場の側を選んだ場所だ。他人の投稿は引用できず、人を検索できず、投稿は7日で消える。拡散の仕組みを削ったので、下の段の安息の地になる。
注意点がある。4象限では、一人が複数の側面を選べる。だからこの対立は、グループとグループのあいだにも、一人の中にも起きる。同じ人が、ある投稿では拡散を求め、別の投稿では閉じた場を求める。
9. 確かめられる予測
saypip について、後で確かめられる形で並べておく。
- 投稿の中身は Bluesky より率直になる
- 7日を越えて自分を示すために、書き癖や固定のタグを使う人が出る
- 同じ話題が、7日をまたいで何度も一から始まる
- 会話が二人ずつに分かれるので、一つの投稿に大勢が返して燃えることは起きにくい
- 始まったばかりの時期には論評と発信の側面が持ち込まれるが、定着しない
- あだ名を付けた相手に話しかけることが増え、話す相手が少数に絞られていく
6は、外からは確かめられない。あだ名は本人にしか見えず、誰と何回話したかもどこにも出ないからだ。
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