「推し」を表明すること
Blaugust期間にゆるっと何か書いてみようとしてるシリーズ サイトでひとりひっそりやってるんですがこっちにも置こうかな~と思ったのを出張版として上げてみることにします
近年すっかり定着した「推し」という表現とそれを表明することについてつらつらっとしたつぶやき 例によってただの自分語りです!
自分は所謂「推し」という言い回しが発生し定着するより以前のオタクでして それだけ古い世代の人間なのですが(正直) 近年は好きなジャンルの話するときとか「『推し』は誰ですか?」とか「当方〇〇推しです」みたいな話から入ることも多くて、やーすっかり定着した共通認識になってるんだなーと オタク乃ち「推し」が在る、みたいなね
ある種の自己紹介みたいな面もあるし、話の取っ掛かりとしてもやりやすいので、そういう意味では推し表現以前からある定番のやりとりでもあるんですが で、自分も推しという言葉以前の頃には好きなキャラを明言したりしていました プロフィールにだだっと好きなキャラ一覧書いたり(具体例)
ただ何となく、それを「推し」へとそのままシフトする感覚にはいまだになれずにいて まだ「推し」という言い回しを自分事としては上手く使いこなせずにいます
何と言うか、推しを表明することで「この人はこのキャラ/人物推し"の人"である」という認識を持たれる感じがあるなーと、近年の推し文化時代で感じたりしていて あくまで自分が勝手に感じてるだけの話なんですが! でもそれは必ずしも自分の「好き」という感覚とは一致しなかったりするんだよなーと思っていたり
例えばコンテンツの中で「推し」と呼べるキャラ人物が活躍したり、或いはふっつりと登場がご無沙汰になったりなどして
その展開を「今日も推しが尊い~~」とか「推しが出なくてつらい……」みたいな、「推し」を中心としてそのコンテンツを語るという感覚が自分にはあんまりないかもなと思って(※その表現自体について何かを表明したい意図はないです)
まず作品のストーリーや展開全体に抱く感想があって、そこに思い入れを抱いているキャラ人物がいるとやっぱり目が行くよね~まじまじ細かいとこも見ちゃうよね~は~やっぱ好き……みたいな順番で味がしみてく(?)ような感覚があります おでんか何か?
なので推し的な存在の描写と作品展開に抱く感情は必ずしも連動してないところもあって 作品展開が盛り上がってたら推し的存在の登場がなくても気にせず熱く楽しんでるし、その逆もまた然りだったり 好きなキャラ人物の好きなシーンは何度も見返したりするので比較して情報摂取の密度があったりもしますが、それはこちらが好きでやっているだけでコンテンツ側にその提供を求める気持ちはあんまりないなー、みたいな感じ
あと「推しに幸せになってほしい」みたいな感覚も、そりゃ勿論幸せになってくれたらいいと思うけど、それは自分自身の価値観に基づく幸福観では考えてない部分もあって
その作品世界や物語展開の中でそのキャラ人物がそのひとらしく、心に悔いなく生きていく様を見届けられたら一番だな、という思いで見守っています
だから仮に何か大切なことを成し遂げるために命をも懸ける場面があったとして、生きててくれー! と願う気持ちは抱いたりするけど、絶対生きてくれなきゃやだ!!! とまで強い思いには必ずしもならなかったりして そのひとにとって悔いのない選択で本懐を遂げられたなら、それでいい……という思いにもなったりします
そういったどことなく自分の中でまだ感覚と表現が合致しない部分もあって 取り扱いジャンルでの「推し」表明はあんまりできてないまま今に至ります 人様のサイトでそういう話見るのは大好きなので、自分とこでもやって……みたい! という気持ちもあるんですが
ただ自分だときっとその「推しの人」としてのリアクションあんまできんだろうなとも思うんで あと基本が作品そのものを好きになるにあたって登場人物たちにもみんな思い入れは抱くので、その中で好きだな~ってより強く感じるキャラ群はあるけど、その中でも展開次第で今このキャラが……アツい! と日替わり推しになったり何かの拍子に一番手格(所謂"最推し")と思ってたとこが入れ替わったりもするし 要するに気が多くてふらふらしているオタクなのですな
ただサイト見ていて何となくここら辺が好きそう……なのでは……? というのは滲み出ているかもしれない 自分に正直にやっているので! そういうのそっ……と感じ取ってもらえてたら嬉しい……な……とひっそり思っていたりします
ただここら辺の「推し」時代の観念については、自分が通ってきたジャンルが基本作者や制作陣が生み出すものを享受して楽しみ見届ける、って方向性だったのが、近年はキャラクター自体が主体となるコンテンツも人気の主流になってるなと思うので そうなると「どれだけ推されているか」の可視化が今後の展開に大きく関わったりもあるんだろうなと ソシャゲとかVtuberとか、コンテンツ内での扱いが良くなったり大きな案件に繋がったり、そういうきっかけとなるために「推しを推している表明をする」というのも大きな要素になってるんだろうと感じます
なので違う世界と切り離したりするつもりは全くなくて、ただただ時代だね~とふとした折に感じたりするのでした
それはそれとして、『超かぐや姫!』の月見ヤチヨは自分オタク史上最も「推し」に近い感情かな……! と思ってもおりまして これが……『推し』……!? と初めて概念を知った人類のような気持ちにもなっています たぶん、これが、""推し""という感情……!!?(まだ自信がない)
なんだろうな、がんばれがんばれ幸せになれってずっと願うだけじゃなく心を届けたくなる気持ちがあると言うか ペンラ振って応援したくなるみたいな……?(推しという概念への理解度の低さが露呈している)
これが世に言う「推し」なのかはまだわかりませんが! こうして新しい概念を実感として知るきっかけがあるのかなーと思う そうやって年月を重ねても新鮮に今の世を楽しんでいけたらいいね
あとまたそれとは別の話で オタク遍歴の中でそりゃもうトチ狂ったように好きッッ!!! だった存在もありまして そのうち好きキャラ遍歴みたいなの書き出してみたいなー
寝ても覚めても四六時中そのキャラ人物のことばかり考えてしまうような時がね……あった! あれはまた推しとは違った感覚だったと思うんだよな 本当にトチ狂ったとしか言いようがない熱量があった まだ「沼」とかの方が近いかもしれない……?
といったつらつら「推し」という表現の概念語りでした! あくまでいちオタクの自分語りなので、他意はない旨ご了承ください
そして書いててつくづく思ったのですが、この「『推し』を持つ」という感覚が薄いから個人サイト拠点にまったり気ままに~がしっくり来るのかもしれないなー 発する側だけでなく見る側としても いち閲覧者として好きだなーと思うあらゆる分野のものをいいなーと思うままに自由に見て回っても、「〇〇推しの人に……見られてる……?」みたいに思われる心配がないのがね 気楽でいいね どうやら自分は自我と表現が結びつきすぎることで「”そういう人”なんですね」みたく思われるのがあまり本意でないのかもしれないなと思った それもまあ自分の一部だからそうねーとは思うけど、そうした「〇〇推しの人」みたいな枠に入れられるとどこか収まりが悪い気持ちもある それもそうだけど……それだけじゃないときもあると言うか……(だんだんただのめんどくさいオタクになっている)
だからつまりは何でも勝手気ままにかいて置いておける個人サイト最高~~~に落ち着くのでした(最終着地点) 推しがあろうとなかろうとふらふらしようと出戻ろうと、それも全部自分の一部だからなと思える場所になっている
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