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(32)ディアボーン市とヒスパニック系大統領はいつ誕生?

どちらもいろんな要素があって渦巻いている最中。どうなるかは五里霧中か。

ミシガン州ウェイン郡ディアボーン市

この市はアラブ系住民が多く、アラブ系市長が誕生していた。市長らはバイデン政権のパレスチナ政策を批判していたが、実際の本音は伝統的家族観・男女役割固定論を支持するトランプに入れたいための建前論だったと見る人もいる。

実際のところの話はWikipediaにも載っていて確認できるが、ウェイン郡自体は民主党多数を維持したが、ディアボーン市においてはトランプが第1位になった。同市において2000年大統領選以来、久しぶりの共和党系候補の勝利とされる。

なおアラブ系は2020年までのアメリカの国勢調査での民族・人種は白人として集計されている。ディアボーン市ではレバノン系(20.7%)、イエメン系(13.2%)、アラブ系(8.6%)というような比率の人たちがアラブ・中東から来たもしクはその子孫として把握されている。

Dearborn, Michigan - Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Dearborn,_Michigan

Wayne County, Michigan - Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Wayne_County,_Michigan

2024 United States presidential election in Michigan - Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/2024_United_States_presidential_election_in_Michigan#By_county

史上初のヒスパニック・ラテンアメリカ系大統領はいつ誕生するか?

ヒスパニック系が黒人・アフリカ系(概ね12%前後の人口比率で50年以上推移)を抜いたのは2000年ごろの出来事。このヒスパニック系の人たちが増え始めたのは日系移民が1910年前後に止まって、それでもなおハースト系の各地の新聞が排日運動を続けての1920年代の排日移民法(同時に南欧の低所得者主体の移民にも制限がかけられた)で完全に枠が消滅した(農業等従事する移民は日本側で停止させていたにも関わらずの措置だった)事と関係があるのではないかとする研究者もいる。

ヒスパニック、メキシコからの人たちは歴史的経緯からカリフォルニアなどにいたが、日系移民が事実上停止された状態の中で日系労働者が占めていた農業労働者の穴を埋めるため新たに移民として呼び寄せられていく道筋が開かれた(彼らに対する制限は当時されていなかった)。これがアメリカにおけるヒスパニック系住民が大きく増えていく流れを生んでいった。

2020年国勢調査では18%と言われていたが今日では20%と書かれることが多い。人種民族別人口比第2位であり、アメリカが多民族国家として地方部での非白人マイノリティの比率が変わっていけば、いずれはヒスパニックの人々の中からアメリカをリードする人物が出てくるかもしれない。ただ、政治情勢を考えるとそのような機会が来ないように必死で食い止めようとしている向きの人たちがいるのも事実である。

排日移民法をめぐる交渉は外交官の石射猪太郎が関係しており彼の著書で言及されている。日本側のメンツとしての移民枠保持を巡ってのエピソードは興味深いものが多い。

『外交官の一生』石射猪太郎著 https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-08-EK-0280890

石射猪太郎:

帝国日本時代の外交官。開戦時の駐ブラジル大使。交換船で帰国、その後、敗色が強まる状況下で敗戦前最後の駐ビルマ大使に起用され日本の傀儡政権を助けていた。幣原喜重郎をベストとする外交観を持つ一方で駐アメリカ大使館などで先輩・後輩の関係があった広田弘毅に対しては陸軍に対する抵抗しない姿勢から嫌っていた事は著書で触れられている。陸軍といざこざ、苦労が多かった人で最後は傀儡政権の保護を捨てて逃走する将軍らに呆れつつ、傀儡政権の人達が脱出するのを手伝って帝国外交の終焉を目撃した人だった。

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